【昔から、この状況に対してよく言ったものだ】





女が素直なだけではない事位、重々承知している。
主一筋な小十郎とて、女と付き合ったことがないわけではない。
寧ろ経験は人よりは豊富な方であると、自他共に認めている部分すらある。(それは決して、小十郎から付き合いを求めた訳ではなく、相手からだったということは一言付け足しておく)
そんな小十郎が、今までに相手をしたことのない部類の女、それが、前田慶なのである。

「小十郎さん、アレ、アレ食べたい!」

「ねーねー、一緒にあそこ行かない?」

「仕事じゃなくて、俺のこともう少し構ってよ」

一見すれば只の我侭な台詞なのだが。
きちんと言えば渋々ながらも了承するので、強ちそうとは言えない。
ただ、大人しく待つ時もあれば、その後フラリとどこかへと行って数日帰ってこなくなることもしばしばで。
溜め息を吐くことになるのは否めず。
簡単に言えば、気紛れなのだ。
しかし猫のように気紛れかと思えば、犬のように従順で。
こんなに扱い辛い女は、初めてだった。
それでも。

「惚れた弱みだな、小十郎」

そう政宗に言われて、反論することが出来ようか。
結局折れるのは何時だって小十郎なのである。





そして今日も、また。





「小十郎さん!町に行こうよ、団子食べに行きたい!」
「だから、今日は無理だと前々から…」
「嫌だ!」
「我が儘を言うな、団子なら買ってこさせる」
「買ってくるんじゃなくて、一緒に行きたいの!」
「慶」
「ねえ、行こうよ小十郎さん」

小十郎の部屋から響く、毎度の押し問答。
普段ならば大人しく聞く耳も、時折こうやって嫌だと言って駄々をこねる。
自分の魅力を知ってか知らずか、身体をピッタリと擦り寄せて。
泣きそうな目でじっとこちらを見上げられたら、普通の男なら了承していることだろう。
ただ、相手は片倉小十郎である。

「明日なら、付き合ってやるから」

そう、告げた。

「…そう」

慶が、身体から離れて立ち上がる。
小十郎が見上げるより早く、歩き出す。

「何処へ行く」

「遊びに行く」

「何処へ」

「上田城」

襖へと手を掛ける慶に、小十郎も腰を上げる。
歩み寄る前に、長い髪を揺らし、こちらを振り返って。



「小十郎さんなんかより、俺のこと大事に…愛してくれる人のところに、行く」



浮かべるのは、笑み。






小十郎の中で、何かが切れる音。






「それじゃ…うわッ!!」

気が付けば、慶の腕を掴み部屋の中に引き倒して。
余りに唐突なことに、動くことを忘れたのか。
呆然とこちらを見上げる慶を余所に、小十郎は手元にある手拭いを二枚に引き裂いた。

「俺より大事に、か」

慶の両手首を押さえつける。

「それなら、俺は大事にしなくても、いいんだな」

自分が、冷めた目で目の前の女を見ていることは、十二分に分かる。
それでも妙に凪いだ心の中に沸き起こる感情に、吐き気がして。
手首を、強く縛り付ける。

「こ、じゅうろ、さ…」

普段見たことのない小十郎の表情に、慶が戸惑う。
そんな慶を余所に、小十郎はもう一本の破った手拭いで、慶の目を隠した。

「あっ、いた…っ!」

片手で、慶の豊満な胸を強く揉みしだく。
覆い被さる身体の首筋へと、強く、噛み付いて。

「いや…嫌だ、小十郎さん…!」

震える慶の声も聞かず、服の中へを手を忍ばせ。
直接わざと痛みを感じるほどの刺激を与えた。
大きく、身体が波打つ。

「…小十郎さっ…お願い、嫌…いやだ…っ」

次第に声が、弱まる。









慶が、泣いた。









「ごめ、なさ…こじゅ…さ……」

啜り泣く声に、小十郎の手が止まる。
ヒクリと、しゃくり上げる慶の肩が揺れた。
目を覆い隠す手拭いが、慶の涙で次第に湿っていく。
「…慶…」
小十郎の声音が、和らいだ。
切れた心の紐は結ばれて。
ゆっくりと深く息を吐き出し、慶の視界と腕を自由にし。
慶の身体を膝の上へ抱え上げ、涙が頬を零れ落ちる頭を自分の肩へ押し付ける。
「こじゅろ…さん…」
小十郎へと、恐る恐る慶は身体に腕を回す。
「…悪かったな…」
気紛れな猫でも、従順な犬でも。
流す涙にはやはり勝てなくて。
やはり折れるのは、小十郎なのだ。
涙の跡を舌で辿り、目尻へ一つ口付けを。



「…でも、あんな小十郎さんも、素敵…」



擦り寄ってくる慶の顔を一瞥し。
軍議の時間などとうに過ぎたことを、外の明るさで知る。
(ああ、この女の所為でどれ程調子が崩されているのか)
そんなことを思いながらも突き放せないのは、やはり一重に。





『惚れた弱み』





そして今日も、溜め息を吐く。
腕の中で微笑む慶の顔は、小十郎からは見えなかったのだけれど。















「ねえ、小十郎さん」


「なんだ」


「俺ね、団子よりも何よりも、小十郎さんの腕の中が、好きだよ」