貴方のナカに居る誰か






夏とはいえ、奥州は涼しい。

 

北という位置にあるからだろうそこは、夏ともなれば避暑にはうってつけの地だ。

まあその分、冬には深い牢獄のような雪に閉ざされる。

しんしんと降る雪は音もなく、ただ静かに人を飢餓と孤独へと閉じ込めるのだ。

きっとそんなことは、春を具現化させたようなこの男はきっと知らない。

夏だろうが秋だろうが冬だろうが、不思議と彼には春のイメージが付きまとうのだ。

 

その春男と言えば、目の前の涼やかな渓谷に目をきらきらと輝かせている。

夜と言うこともあって昼のように美しい姿は見ることが出来ないが、それでも水面に写る月は美しい。

 

「雅だね〜。あんた、よくこんなところ知ってたな〜。」

Ha!ここを誰の国だと思ってんだ、あんた。」

「おっと、こいつは失礼。」

 

慶次はおどけてそういうと、朱塗りの杯をくいっと傾ける。

美しい風景を肴にして飲む酒はうまいのか、いつもよりも良いペースだ。

頬をほんのりと紅に染めている慶次はおいしそうに酒を煽ると、口の端に残った酒をちろりと出した赤い舌でぺろりと舐める。

そのしぐさが妙に色っぽい。

普段から妙な艶がある男だが、酒を飲んだらその色香がさらに一層濃くなるようだ。

 

「こ〜んな良い場所は、やっぱりいい人と来るに限るね〜。……そういや、あんたのいい人はどんな人だい?」

 

…………前半の言葉にうっかりにぬか喜びしちまった。

なんだ、こいつ。

二言目にはいっつも馬鹿の一つ覚えみたいに「恋」と言う言葉を連呼しているくせに、どうしてこうも鈍いんだ?

 

「……あんたのことだから、ここで楽しくみんなでpartyでも開きたいと言うかと思ったぜ。」

「あの赤い五月蝿いやつじゃあるまいし、そんなわびさびのないようなこと言わないよ。」

 

慶次はむっとしたように膨れると、くいっとまた酒を煽る。

ふわりと香るのは酒の香り。

それだけのはずなのに、なぜか甘く感じた。

 

「それより!あんたのいい人のことだよ!聞かせてくれよ。」

「あんた、本当にその手の話好きだな。」

 

鈍いくせに。

そう思ったが、声には出さずにあきれてみせる。

 

「恋は良いもんだよ」

「あったかくてさ、……だろ。もう耳タコだぜ。」

 

会うたびに恋はいいだの何だの聞かせられてりゃいい加減覚える。

俺が先手を打って慶次の言葉を奪えば、慶次はむっとするどころかにかっと子供のように無邪気に笑った。

 

「おっ、いいねいいねぇ。なら、あんたのいい人教えてくれたって良いだろ?」

「そんなやついねぇよ。」

「またまた〜。あんただってもう19だ。好きな人くらいいんだろ?」

 

好きな人。

目の前でニコニコとうれしそうに俺の返答を待っているやつが好きだといったら、この男はどんな顔をするだろうか?

だが、それをいうにはまだ早い。

 

「好きな人ねぇ。……いるって言やぁ、いるな。」

「おっ!どんなお人だい?」

 

ぶら下げたえさに、まんまと慶次はうれしそうに食いついてくる。

だったら、このくらいの予行演習はしてもいいだろう。

 

「馬鹿みたいに明るくて、それでもってどこか雅やかだな。あと、そいつがいるだけで周りが一気に華やぐ。」

「へ〜、そいつはなかなかの御仁だねぇ!あんたにそこまで言わせるそのひとを見てみたいよ。」

 

って言うか、お前のことなんだけどな。

だけどそんなことは教えてやらない。

 

俺は澄まして自分の杯をあおると、少しぬるくなった酒を味わう。

甘口のそれは、本来なら辛口のものを好む俺が選ばないもの。

この男の土産の品だ。

 

「そういうあんたのいい人はどんな人なんだよ?」

 

そう聞きながら、杯に酒をつごうとしたが残念ながら空だった。

結局俺が飲んだのは味見程度のさっきの一杯だけ。

こいつ、どんだけ飲んだんだよ。

 

「………今は居ないよ。」

 

慶次は一瞬の間を置いて、そう答えると少しだけ笑う。

その一瞬の間。

その間に浮かんだのは陰りの色。

いつも華やかな印象の癖に、たまに、そうごくまれにこの男は奥州の冬のような陰りを見せる。

この男は、昔の『いい人』に未だ囚われたままなのだろうか?

奥州の雪のようにこの男を孤独に捕らえ続けるその『誰か』を憎らしく思いながらも、激しく羨望する。

 

あんたが憎たらしいよ、いつまでもこの男を捕らえていて。

あんたが羨ましいよ、こんなにもこの男の中に在り続けて。

 

「……酒。」

「え……?」

 

これ以上、俺じゃない誰かを想っている慶次を見たくなくて、俺はポツリとつぶやく。

 

「結局ほとんどあんたが飲んじまったじゃねぇか。俺への土産だったんだろ?」

「おっと、悪い悪い。でもあんたが飲まなかっただけじゃあないのかい?」

「俺はあんたと違って酒はゆっくり味わうほうなんだ。どうしてくれんだ、ぜんぜん酔えなかったじゃねぇか。」

「ん〜、ここは風流な場所だけど、酒を調達するにはちと厳しいね〜。ってなわけで、この雄大な自然でも眺めて景色に酔うってのも、なかなか粋だと思うけどね。」

 

確かに、今眼下に広がる景色はひどく美しい。

揺れる水面も、その水面に映し出された儚い月も。

どれも現のものとは思えぬほどの美しさ。

でもそれは、酔うには美しくて静かで冷たすぎる。

酔うにはもっと熱がいる。

 

「政宗?……っ!」

 

触れた唇は、思ったとおり柔らかく酒でしっとりと湿っていた。

薄皮一枚越しに伝わってくるのは、今目を見開いて固まっている男の体温。

それは熱いというほどではなく、かといって冷たくもない。

ほろ酔い加減に酔うには、ちょうどいいくらいの熱だ。

 

「って!いきなり何すんだよ!?」

 

やっと正気に戻ったのか、俺の肩に手をかけるとそのままの勢いでぐいっと引き離す。

触れただけの軽い口付け。

それだけだというのに、普段「恋」を連呼する男は真っ赤に染まりあがった。

 

「うるせぇな、俺は酔いたいんだよ。酔わせろよ。」

 

あんたで、とはさすがに続けられなかった。

 

慶次は軽く混乱しているのか、口をパクパクとさせていたが、ふと何かの回答にたどり着いたのだろう。

視線をしっかりと俺へと合わせると、その綺麗な眉間にしわを寄せた。

 

「もしかして、あんた酔ってんのかい?」

「………」

 

こいつ、いったい俺がどれだけ飲んだと思ってんだ?

俺が飲んだのは、朱塗りの少し大降りの杯に一杯だけ。

それで酔えるなら、なんて安上がりな体なんだ。

小十郎あたりが泣いて喜ぶだろう。

そういえるくらい、俺はザルだ。

 

だけど、勘違いしているならちょうどいい、勝手にさせておけ。

今は、こいつを味わいたい。

 

「酔わせろよ。」

 

再びそれだけいうと、誘うように赤い唇に再びしっとりと唇を合わせる。

酒の味を残した唇は、ひどく生々しくて、そして甘い。

わたわたと暴れる慶次を押さえつけて、そのままさっきよりも深く口づける。

その瞬間、カッと慶次の体温が上がったのを舌越しに感じた。

 

そうだ、今のこの瞬間に集中しろ。

俺以外の誰も想い出すな。

そうして、この口付けを慶次が後々に思い出して悩めばいい。

そうすれば、こいつの中に居続けている『誰か』も少しは薄れるだろうから。


























マイベストフレンドなオコメちゃんから頂いてしまいましたーーッ!!!
なんだこのやらう、拙い出来みたいな事言ってたけど、これで拙いとか…えェいコンチクショウ!!!(何)
この子の才能が羨ましいと言うか何というか…素敵過ぎる、読みながら普通に萌えた。
私こういう筆頭がたまらなく好きなんです。
なんだろう、この素敵小説、しょっぱい出来などころか萌えの結晶体といいますか…悦。
政宗の独白…いいですね、このまったりとしたエロい感じもたまりません。
このやろ、何時の間にこんな技術を習得して…!!!(ぇ)
慶次には全く気付かれてないけど政宗は好きというこの関係にキュンコラしました。
本命じゃないCPでコレだけ書いてもらえるとなると、本命だと一体どんなの書くんだろう……;
いーなァ、羨ましいなァ…。

というわけで是非また新しいのをお願いします(ぇ)
も、ほんとに、ご馳走様でした!!ありがとうございましたでァあああ!!!!(土下座)






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