慶次が居る。




そう聞いた場所は、政宗の予想通りやはり京都。
ただそれは、直接慶次の姿を見たというものではない。
慶次を知るという老夫婦の話を聞いたというものであるため、そこに確かに居るという確証があるわけではなく。
言うなれば、情報は極めて曖昧。
それでも、政宗が動き出すには、十分だった。


話に聞いたその場所は、町外れ。
人里離れた山奥らしい。
町に着いてからも暫く馬を走らせる。
しかし休む暇を惜しみ、昼夜を問わず走らせた馬には限界が近付いてくる。
その馬を休ませる間さえも惜しく、畑の仕事をしていた村人へと小銭と共に馬を預け、それからは徒歩で、一先ずはその老夫婦の下へと急いだ。



一歩一歩が、慶次へと。



そう思えることが、政宗の足を前へと進ませる。



そして次第に見えてきた一軒の茶屋の前に、話に聞いていた老夫婦の姿が見えた。
足早に近付き、声をかける。
「Hey,…慶次を見たってのは、アンタたちか?」
「おや、こんな山奥には珍しい井出達をされて…はて、慶次…?」
答えたのは穏やかな顔つきをした、店主らしき翁。
長年の夫婦生活故か、同じような顔をした婆と二人顔を合わせ首を傾げる姿を見ると、どうやら名前を教えては居ないらしい。
「Ah…髪を高く括って、こう…桜の花弁が舞う…」
身振りを交え自分の髪を括るふりをして。
「ああ、その方なら…ええもう、存じ上げております」
不意に顔を上げた婆が手を一つ打つと。
「…貴方様は、もしや…」
思い出した様に、翁が政宗の顔を見遣った。















「こちらへ」



そう告げられて翁に連れられる場所は、2人の茶屋よりも更に奥。
決して普段誰も近寄らぬであろう林の奥へと進んでいく。
政宗は、辺りの景色を眺め、翁の足取りに合わせ歩く。
だけど、妙に、胸は高鳴る。
気持ちは逸る。
それでも決して走り出すことはせず、拳を強く握り締め、只管に、翁の後を歩いた。

やがて、翁の足が止まる。

林の中にぽっかりと空いたその場所は陽だまり。
雪も残らず、他の場所よりも暖かで。



真ん中には一軒、小さな小さな、庵があった。





ドクリ、と胸が跳ねる。





「そのお人が、乗ってはったお馬です」
庵の側に佇んでいるのは慶次の愛馬、松風。
決して忘れる事はない美しい毛並みは衰えることなく健在で。
丁寧に手入れされていることは一目瞭然。
「儂が、面倒みさせてもろうとります。ここを動かないんで、ずっとここで」
ゆっくりと政宗が歩み寄れば、見知った顔に安堵するのか大きな嘶きを上げ、その顔を摺り寄せる。
「松風…守っているのか?慶次を」
頬をゆっくりと撫でながら問いかければ、返事をするかのように、ブルル…と短く鼻を鳴らした。
そして鼻先で指すのは庵。
政宗の顔をじっと見詰めて、急かす様に、体を押した。





歩く足が、何故か震える。





それでも足は止めることなく、庵へと近付く。





一呼吸置いて、引き戸へと、手を掛ける。

















ゆっくりと開くその先。




















「…………ッ…!!」





















声も出せずに走り寄り、その身体を、前田慶次を、只管に抱き締めた。






























嗚呼この身体こそ。
もう二度と。

頬から再び流れる涙は、悲しさ故のものでは決してない。