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【乞う熱】
【それはもう、食べてしまいたい程に】
【風の帰点】
【髪の話】
【無謀な願望】
【乞う熱】
熱い。
熱い。
熱い。
「元親、あ」
「…ああ、熱ィな、慶次」
言葉は唇で塞がれて。
吐息の熱まで雑ざり合う。
頬や首筋に張り付く髪は鬱陶しいけれど、絡む腕がしっとりと濡れたその感触は愛しい。
外も、暑い。
身体も、熱い。
分かりながらも、それでも欲してしまう熱に、貪欲に飢えて。
今日もまた二人は身体を重ねる。
遠く波の音が響くこの熱い夜は、明日も、明後日も。
二人が望む限り。
【それはもう、食べてしまいたい程に】
「元親の寝顔は、何よりも可愛いと思うんだ」
徐にそんなことを言い始める慶次の顔を、元親は眉間へと浅く皺を寄せて眺めた。
「いや、如何考えてもそりゃ間違いってもんだろ」
顔の高さまで持ち上げた手をひらひらと緩く横に振ってみせる。
だがそれにあわせるように、慶次も頭を横に振ってその答えを否定した。
「ううん、ホントだよ。だって」
「だって?」
「いつも、見てるから分かる」
それは、ふと目の冷める時刻は凡そ丑三つ時。
逞しい腕に抱き締められた慶次が瞼を持ち上げた先に見えるのは、元親の穏やかな寝顔。
間近に聞こえる寝息が規則正しく聞こえてくることが、酷く嬉しい。
(やっぱり可愛いな)
歳よりも幾分か幼く見える寝顔は、戦場に出る時に纏う殺気もなく尖りもなく。
凛々しく惚れ惚れするような男前なあの顔は、なりを潜めていた。
ただただ、心地良さそうに眠るのみ。
その顔が、慶次は何よりも好きだった。
額を摺り寄せて、唇へ口付けを落とすと眠っているにも拘らず身体に回る腕の力が強くなる。
母に縋る子供のようなその行為がとても甘く。
「逃げたりしないよ」
小さく、小さく、起こさないよう囁いた。
自分の前でのみ見せる寝顔。
自分の前でのみ見せる安心しきったその表情。
愛しくて、愛しいくて、たまらない。
元親の寝顔、それは大好きな人の寝顔。
(嗚呼、なんて可愛いんだろう!)
両腕で思い切り身体を抱き締め返したら、ぼんやりとこちらを見遣るその顔がまた可愛くて、慶次はもう一度口付けた。
【風の帰点】
廊下に、二人腰を下ろす。
風が頬を撫でる感触に、元親は目を細めた。
慶次が、動く。
元親は、動かない。
脚を跨いで、慶次が、額を摺り寄せて。
眼帯の上に軽く唇を触れさせる。
そのまま好きなようにさせて、元親は何も、言う事をしない。
唇は下へと、降りていく。
眼帯から、鼻へ。
鼻から、頬へ。
頬から、唇へ。
一つ一つ。
ゆっくりとした行為。
慶次の動きが止まると、元親は、慶次を抱き締める。
「満足したか」
「うん」
普段はふらふらと、あちらこちらへ旅する風来坊の独占欲が強いと知ったのは、いつのことか。
そして。
その風のような男の独占欲を一身に受ける事の、何と心地良い事か。
にこりと、人知れず元親は、頬を、弛めた。
【髪の話】
珍しく書状を書き認める仕事をする元親の背に、慶次が乗り掛かる。
大して気にする風もなく、元親は、筆を動かし続ける。
慶次は元親の髪を、少しだけ摘んでは離し、摘んでは離し。
さて、後は署名のみと頷くと。
ボソリと、慶次が口を開いた。
「なー、元親の髪ってさー」
「んー?」
「若白髪?」
ベチャッ。
「あー、折角長く書いたのに、筆落っことしちゃ駄目だろー!」
「だっ…誰の所為だッ!!大体、藪から棒に何言いやがるっ!」
勢い良く振り返り慶次の顔を見遣るとそこには、自分の長い髪を掴んだ姿。
益々もって、元親の思考は混乱する。
「ほら、だって普通髪は黒いだろ?でも元親って違うじゃん。確かにじーちゃんたちとはちょっと違う色だけどさ」
もしかしたら、なんて笑顔で言われたら。
もう肩を落とすしかない。
「苦労したのかな、なんて。……あれ、怒った?」
「俺の髪は、生まれつきだ」
「生まれつき?」
「ああ」
「ふーん…銀色なのに?」
「可笑しいか?」
前を向き直って自分の髪を、少しだけ、摘んだ。
思わず、自嘲を込めた笑みが零れる。
この髪を、嫌った時もあった。
銀色の髪。
皆とは違う、異質の髪。
好奇の目に、晒された時もあったから。
浅い溜め息が、零れた時。
「綺麗だよ」
「え…」
「元親の髪、綺麗。キラキラ眩しくて、星が落ちてきたみたいで。全然可笑しくなんかない」
聞きながら、頭に葉温かい感触。
それが口付けだと分かるのは、容易だ。
「ねえ俺、大好きだよ、この髪」
「か…髪だけかよ…」
思わず恥ずかしさに、口を突いて出た言葉。
「そんなわけないの、知ってるだろ?」
「…ああ、知り過ぎてる」
後ろで慶次が笑ってるのも、すぐに分かった。
自分だけ照れる事が何となく悔しくて、元親は振り返り、そのまま、押し倒したのだった。
結局書状は、また、後日。
【無謀な願望】
海が、荒れていた。
波がうねりをあげ、水飛沫を散らす。
潮風は、浜の木々を揺らし、頬を切るかと思う程、冷たい。
その風を受けて、慶次は、海岸の岩の上へ一人立っていた。
長い髪が、大きく波打ち風に靡き、頬を撫でるというよりも打つ。
服がはためき、バタバタと、音を立てる。
目を開けていられないから、瞼を静かに下ろす。
ふと、背後に人の気配。
それが誰なのかは、慶次にはすぐに分かった。
呼んだわけではないのだが、こうして来てくれることは、嬉しい。
それでも、そこを動く事をしない。
代わりに口を、開く。
「こうしてると、風に抱かれてる気がするんだ」
ゆっくりと、両腕を大きく開いた。
全身で風を受け止める形になる。
そのまま、抱かれて、飛んでいけそうで、身体の力を抜いていく。
一瞬身体が浮き上がるような感覚にしてくれる、強い風が、たまらない。
「風より、俺の方がいいだろ?」
しかしそれは、後ろから抱き締められることで叶わなくなる。
「風に、お前をやるわけには、いかねェ」
強い腕の感触と、少し高い人の体温。
この温もりは、とても、とても好きだ。
でも。
「ここの風は、アンタの匂いがするから、いけないんだ」
「俺の?」
「そう」
瀬戸内の潮風は、元親の匂いだ。
逢えない時は、こうして、やってきてしまう。
側に居てくれるような、気にしてくれるから。
思わず、気持ちも、弛んで。
だから、風に攫われないように。
「もっと、俺を」
(抱いててよ)
作った笑顔を浮かべて。
叶う事のない願いを、心密かに、想った。