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【海の男なので】
【船着場】
【神と鬼】
【選択肢】
【頬が蕩け落ちる程】








































































【海の男なので】





慶次は俺の体に抱き付くのが気に入っているらしい。
自分よりも皆小さいから、「抱き付く」よりも「抱き竦める」になるらしい。
そう言われりゃあ、慶次の体格は普通の男よりも良い。

それから、前からよりも、背中から、抱き付くのが好きらしい。
抱きついたときに、髪から漂う香りが好きだからだと。
自分じゃよくわからねェが。



「潮の香りがするねぇ」



そう言って、今日も後ろから抱き付いた慶次からは桜の。
山の、春の香りがした。




実は俺は、この香りが潮の香りに並ぶほどに、いやそれ以上に好きかもしれないとは、まだ暫く秘密にしておこう。


















































































【船着場】






「俺は、帰る場所になる」






昨晩、不意に思いついたその言葉。
港ではなく。
船宿でもなく。
ただ1人のためだけの、帰る場所。



「へぇ?船に一緒に乗るんじゃねェのか?」

「んー…そうすれば、俺の所へ帰るために頑張れそうじゃない?」

「はっは!そりゃ違いねェ!」



酒を酌み交わしながらの軽い会話ではあるけれど。

冗談のように言ったけれど、本当にそうであればいい。

共に在る時よりも殊更に、自分のために生にしがみ付いてほしい。
辛い船旅を送るとき、先を諦めないように。
離れる海をも越えるほど、心の絆は更に深く、そして強く。



「ここで、アンタのことを待ってるよ、元親」



遠ざかる船を見詰め、聞こえるわけもないけれど。
いってくる、と抱き締められた腕の熱を思い出し。
ただ只管に、無事を祈って呟いた。































































【神と鬼】





京の祭りの輪の中へ、足を踏み入れた。
それは、別にそこに目的があったワケではなく、楽しそうな人々の声に混じり、一際大きな笑い声が響いてきたからで。
初めはそんな軽い気持ち。
けれど聞こえてきたのはこの言葉。



「おっと!さわらぬ神にたたりなし!」



「……あァん?」
自分の眉間へ皺の寄るのが手に取るように分かる。
思わず走る足を速めれば、着いてこられる者もおらず。
肩から下げた碇槍を振り下ろし、赤い鳥居を潜り抜けて駆けていく。
「もー、かんにんしてよ!」
町人を振り払い、一人でその場に乗り込んで。
見つけたのは大きな獲物を振り翳す想い人。

「恋は夢……って、あれ?元親だったのかい?」

「おうよ」

「言ってくれりゃあ迎えにも行ったのに…ッ!?」

無遠慮に近寄り、腰を取る。
人が見ていても構うものか。





「さわらぬ神にたたりなし…じゃあ、鬼が触るのは?」





真剣な顔でそう問うと、目の前の顔が大きく瞬きを繰り返す。
「は…?」
「だから、鬼が触るのは、どうなんだよ」
「…まさか、それを言うためにここまで…?」
「悪ィか」
「………」
そして暫しの沈黙が流れ。


慶次だけでなく、一斉に響く笑い声。


首へと絡みつく慶次の腕。
近付く顔を訝しげに見詰めれば、変わらぬ笑顔で答えられた。







「触った鬼とは、恋がある」








人目も憚らず口付けたとて、誰が咎められようか。































































【選択肢】





何も言わずに、抱き締めてくれる。
静かに、静かに。

顔を上げて、隻眼を見遣れば。

陽が零れ落ちた様な、笑み。



「美味い魚で、一杯どうだ?」



こくりと、頷く。
ポンと、背中を叩かれる。

胸の痞えが、ポンと、出る。





だから俺は、元親を選ぶ。




























































【頬が蕩け落ちる程】





「元親ーっ!いいもん持ってきたぞー!」

「おう、慶次。いいもんってなァ…なんだ?」

「じゃーん!寒い時期にはこれだろ!」

「あん?こりゃ…甘藷じゃねェか」

「へへー!島津のじいちゃんにもらったんだ!」

「ほー…っと、熱ィなこりゃ。お、綺麗な黄色で美味そうだぜ、これ」

「俺がじいちゃんと選びに選んだからな!焼く前は綺麗な紫だったんだけど、早く一緒に食べたくてさぁ…」

「成る程、見せる前に焼いちまったと…はっは!アンタらしいじゃねェか!」

「もー、何も笑うことないだろ!」

「いーじゃねェか!褒めてん……あー…待てよ。紫に、黄色、か」

「…なに、急に神妙なか…お?」



腕の中にすっぽりと。
黄色の慶次が紫の元親に包まれて。



「こうすりゃ、この甘藷みたいだろ」

「えー?俺はこの黄色いとこみたいに甘くはないよ」

「……いや?そうでもないぜ」

「いやいやそうで、も…ッ…ちょっ、元親…!」

「ん、やっぱり甘ェじゃねェか」

「くっ食うのは俺じゃなくて、甘藷だっつーの!!」



結局抱き合ったまま、そんなことを言い合う二人が。
甘藷よりも、何よりも。