タイトルクリックでその話に飛べます。
別のお話にはブラウザバックでまずココへ帰ることをお勧めします。
【元凶】
【その背中】
【初見など当てにならぬもの】
【時にはこんな堕ち方で】
【隠す?いえ、隠さない】
【元凶】
佐助が、団子を持ってきた。
部屋中に漂う、団子の甘い香りに腹の虫が盛大に鳴き始める。
佐助にも聞こえていたのか、噴出す顔にムッとする。
甘い香りの中に、ふわん、と、慶次殿の香りがした。
「佐助、この団子は」
「ああ、風来坊が持ってきてくれたんだけど…また寄り道でもしてるんじゃない?」
「そうか」
立ち上がって、外に出る。
こちらにやってくる慶次殿の姿に、腹の虫より心の臓が煩くなった。
自分の耳の奥に、響く。
「遊びにきたよ、幸村」
笑顔が見えた。
跳ねた鼓動に、思わず、自分の顔を片手で覆った。
「幸村?」
「…煩い…」
「は?」
「慶次殿は、騒音の元でござる!」
「なっ何だよ急に!!」
嗚呼、嗚呼!
自分の身体が喧しくて仕方ない!
腹の虫も、心の臓も、全部、全部ッ!!
「慶次殿の所為だっ!!」
「だから一体何なんだッ!!!」
「…旦那ってば…、やれやれ…」
【その背中】
一人ならば決して狭くない部屋の中。
まだ空は明けていない。
それでも朝の支度をする部屋の持ち主である竜の右目を、ころりと横になって眺めているのは昨夜何の予告もなくやってきた風来坊。
布団の上を、あちらに転がり、此方に転がり色々な方向からその背中を眺め見る。
それも、一人唸りながら。
「………」
「うーん」
「………」
「んー…」
「……おい慶次」
「ん?」
先に視線に耐え切れなくなったのは、小十郎。
後ろは振り返ることはしないものの、髪を整える手は止めて洩らすのは浅い溜め息を1つ。
「そんなに見ても、俺は何も変わらねェが」
「うん、分かってる」
「じゃあ」
「背中、格好良いなーって」
告げる顔に、笑顔はない。
声の調子が何時もと違うことに気付く事は、容易だ。
片手をついて、慶次は身体を起こす。
動きの止まった背中へと足を引き摺り近寄り、寄り添って、額を肩に乗せる。
小十郎は、それを拒まない。
「ねえ、小十郎さん」
「…なんだ」
「背中を護る人の背中は、誰が護るんだろうね」
呟く声が、震えている。
静かな部屋の中に、小さくともよく通る声が響いた。
「………」
振り返って、身体を抱き締める事は出来るけれど、小十郎に答えは出せない。
主を護ることに直走り。
部下を護る為に刀を振るう。
そんな男の背中を護るのは、己自身でしかないのだ。
「…帰って来てよ、小十郎さん…」
「当然だ」
陽が昇れば、小十郎は主と部下と、国の為に刀を持って出て行く。
それが如何に大事な事かを知るが故、止めることなど出来ない慶次は、ただ、祈るのみ。
嗚呼、無事に。
嗚呼、無事に。
貴方が、帰りますように。
【初見など当てにならぬもの】
初めてその姿を見たとき、ああ、喧しい男だと、そう思った。
だが、刃先がぶつかる瞬間、それは一変する。
弾ける火花が眩しく、刺さる視線にゾクゾクと背中が震え上がった。
(視線に、喰われる)
ただ、そう思った。
強く、貫く、視線。
獣のそれと同じで、逸らしたら負けると、慶次は本能的に感じた。
(正しく、虎の若子だ)
炎を纏う、紅蓮の虎。
得物を握る手に自然と力が篭る。
「おぬしを、喰ろうてやろうか」
告げられた言葉は空耳ではない。
何時通じたのか分からぬ自分の心に、総毛立つ全身を、無理矢理に動かした。
飛び散る火花など、もう、如何でもよかった。
【時にはこんな堕ち方で】
(これは一体どういう状況なのかねェ…)
ふらり遊びに来た上田城。
何故か門の前で仁王立ちしていたのは、城主、真田幸村。
思わず慶次の進む脚は躊躇し、そのまま一度踵を返してみた。
しかし、後ろから翔けて来る足音と声に、結局捕まって。
そして、今。
(なんだって俺は、幸村の部屋で、向き合って正座なんかしてんだろ)
言われるがまま、手を引かれるがまま、慶次は幸村に連れられその部屋にやってきた。
畳の上に座らされ。
目の前には、真っ赤な顔をして真剣な表情の幸村。
(嗚呼、この状況は先が何となく、読める…けど…さて、いつ言える事か)
カリ、と、慶次は頬を掻いた。
視線は幸村へ向けたきり。
そのまま、四半時が経つ。
大きく欠伸をした時に、幸村の口が、動いた。
「けっ…慶次殿!」
「なんだい?幸村」
出来るだけ、優しく問い掛けてみる。
握る拳が、僅か震えているのが見えたから。
「炎が強く立ち昇る為には、風が、必要不可欠だと言いまする」
「…?…まあ、火は風に煽られるからな」
さても妙な事を、と心の中問い掛けても、なるべく顔には出す事はせず。
「某の属性は、炎」
「うん」
「慶次殿は、風」
「俺にぴったりだ、ろ…っ!?」
一気に、距離が、詰まる。
目の前に現れる顔に少なからず驚く。
身を退こうとするも、その手はしっかりと幸村に握られて動けない。
あっという間の出来事に慶次が瞬きを繰り返す間も、幸村はじっと顔を見詰めて。
更に顔を、寄せた。
「某の炎…是非、側にいて、慶次殿の風で強く、強く立ち上らせてくだされ!」
「は…」
「某の、胸の恋の炎は既に、慶次殿に煽られて、熱く燃えておりまするッ!!」
向けられるのは、余りに真剣な表情で。
17歳の少年のそれとは思えない、強い言葉と、気迫に。
ドクン、と、不覚にも。
(こんな恥ずかしい、告白なのにッ!?)
つられて真っ赤に染まる慶次は、暫し、返事も出来ず固まってしまったのである。
と、そんな二人を見守り忍び笑う声1つ。
「ま、恋をどんなに語っても、結局はこんな芝居みたいに甘いのに弱い…ってことか。冗談のつもりだったんだけど」
勿論、主に入れ知恵したのは明るい髪の忍であることは、すぐに分かる事だろう。
【隠す?いえ、隠さない】
「寒い寒いー…!こんなに寒いなんて、上田はもう冬なのかい?」
「いや、まだ秋でござる。この頃から斯様に寒がられておっては、冬は大変であろうに」
「そーなんだよなー。雪を見るのは好きなんだけど、寒いのは苦手」
「で…では某が…ッ!!」
「慶ちゃんは極端に寒がりなんだって。俺様がすぐにあっためてあげる」
「へ?」
「さ、佐助ッ!!」
ちゅっ。
「ッ!!?」
「やっぱり慶ちゃんのほっぺた柔らかい。旦那、ごめんねー?」
「あ、主を差し置いて何を…って、慶次殿その様に赤くなられてはならぬッ!!」
「なっ…馬鹿ッ!!ああっああか、赤く、なんてっなるわけ、ないだろッ!!」
「あれー?耳の先までこんなに熱くなっちゃってんのに、そんなこと言っちゃう?」
「黙れ佐助ェえええッ!!!!」
そして響き渡る、幸村の咆哮。
訳も分からず真っ赤な慶次の頬へ、微笑む佐助はもう一度、口付けた。
時には忍ばぬ、恋も良い。
(だって大好きなんだから)