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【いつか いつか】
【君の為な僕の為】
【心、許されている】
【苗字と名前】
【エリンギウム】
【いつか いつか】
瞼を、ゆっくりと閉じてやる
指先で涙を拭う頬は、まだ温かい
掌から赤く、滴るから、拭った筈なのにまた濡れた
最後まで笑顔だったね
だけど、邪魔だった
だから
今この顔を濡らす雫と、もう二度と抱かない恋心と共に
またいつか いつか逢えたら
俺を赦してくれますか
「君の為な僕の為」
「最近佐助からは、甘い香りがするな」
不意の申し出に首を傾げる。
「は?忍に匂いなんてあるわけないでしょ」
「いや、甘い」
犬並みの嗅覚の持ち主である我が主が自信たっぷりにそういうものだから、自分の匂いを確かめてみた。
「………」
「どうした、佐助」
「ううん、なんでもない」
ふと香るのは、確かに甘い。
腹を空かせているかもしれない彼の人にあげる為に、常に持ち歩いている、今日の甘味は、団子。
それと。
以前彼の人が落とし、何時か返そうと思いつつ胸元に忍ばせたままの一枚の手拭い。
洗ってもふんわりと香るのは、何時も持っていた証拠なのか。
「戦忍の俺様が、こんな甘い香り…やれやれ…」
こそりと隠れた木の上で、それでも口許が緩んでしまうのは。
「あ、佐助!何やってんの、そんなところで」
「あら慶ちゃん、今日も元気ねー」
秘めた小さな恋心が、妙に心地良いからなのだろう。
「俺も、まだまだ」
【心、許されている】
凛とした表情がある。
それが慶次の前だと、時折、崩れる。
その瞬間は特別なもので、とても、大切なもの。
暫しの間、じっとその顔を見詰めてみる。
「何か、付いておるのか」
「いや、何となく見てたいなーと思って」
「そんなに見たところで、変わるものでもあるまい」
そうでもないよ、と笑顔で告げる。
だってこの、ほんの少しの間にも関わらず。
それでも見えたのが、僅かな笑み。
「元就って、俺のこと好きだよな」
「…何を今更」
その呆れた表情さえも、特別で。
大切で。
【苗字と名前】
「前田殿」
振り返り、長い髪が揺れる。
「慶次で、いいよ」
「では…慶次、殿…」
「なんだい?」
微笑む顔は花の様だと。
告げることが出来ぬこの口が、こんなにももどかしいものだとは。
それでも。
貴方の名を呼べる程に近くなったこの距離を。
とても、嬉しく思います。
「慶次殿、慶次殿」
「だから、用件を言いなってば!」
無駄に連呼してしまうこの気持ち。
楽しそうに笑う貴方には、分かって頂けますか。
【エリンギウム】
部屋に一人待つ風来坊の相手を頼むと言われ、お茶と団子を片手に歩いていく。
話し込むような気はしていたが、なるべく主が帰ってくる前に部屋を出て行こうと決めている。
彼が、誰かの為に微笑む姿はもう見たくはない。
だが彼が、誰かの為に涙を流す姿はもっと、見たくはない。
何故自分ではないのかと、苦しく思ったこともある。
だが俺は、一人の人間という前に、忍なのだ。
邪魔になる感情は捨てるべきで。
そんな感情持つことはないと、信じていた。
だから、吐き出すことの出来ないこの愛情に。
胸が、詰まる。
感じた息苦しさで、コホン、と。
部屋の前で、ひとつ咳をした。
「佐助かい?」
その通る一声に、全身総毛立つ。
頭を緩く振って、今ままでの思考は全て停止。
襖を開いて浮かべる笑顔は、完璧だ。
「うん。慶ちゃんが暇してるから相手してろって、旦那が」
部屋の中に入れば、香を焚いたわけでもないのに甘く、何となく、もう一度咳をした。
「佐助、風邪?」
「ううん、さっき埃っぽいところにいたからちょっとね」
「そうなのか、じゃあお茶でも飲んで咽綺麗にしないと」
「ん、そうさせてもらうよ」
二人で廊下へと出て、暫しの談笑をする。
この時間が、何よりも幸せで。
何よりも愛しいのだけれど。
「でさー、そん時政宗がな」
「うん、どーしたの?」
「政宗が…、…佐助?」
「何?」
「涙、が」
「……ッ!!」
「あ、佐助っ!」
無意識に、溢れた。
何も言えずに、その場を去った。
後ろからの声を振り切り、誰にも見られないように。
俺だけが行ける高い高い木の上で。
叶わぬ恋に、声を出して、泣いた。
こんな感情など、いらなかった。
だけどなかった事になど、もう出来ない。
押し殺すことしか出来ないことの、なんと辛く苦しい事か。
「慶ちゃん、慶ちゃん……慶次…っ」
形振り構わず人を愛せたら、どれだけ、幸せなのだろう。
【花言葉:秘めたる愛、無言の愛】