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【堕ちた花弁】

【甘い日課】

【月が消える闇を】

【君への愛が、滾々と】

【恋歌】





























































【堕ちた花弁】





初めて、政宗と剣を交えた時の事。
決して忘れる事はない。
キンッ、という硬い音を立てて刃を交差させた刹那、見えた、政宗の眼。

こちらを睨み付ける一つなれど眼差し。




ゾクリ、と、身体が震えた。




それは恐怖ではない。
一瞬で身体を駆け抜けたのは、紛れもなく性的な興奮。
自分はその手の趣味はない筈なのに、抗い難い熱が下肢へと沸き起こったのを覚えている。
獲物を握り締めた手に力が篭る。




ああもっと、もっと。




「上等だ…アンタ上等だよっ!」
そう言って、あの眼で、こちらへと遠慮なく斬り付けてくる。
心の臓を貫かれる様なその感覚に足元がふら付き眼が眩む。


だけれども、欲するのだ。


もっと俺を、もっと全てを。
もっと、もっと、と、この欲が、獲物を振る手を動かしていく。
振るい合うのは凶器なのに、感じているのは紛れもなく肉欲の興奮。

独眼竜に、堕ちる。

短く吐き出した息にまで熱が篭る。
その様子を見取ったのか、この身体の変化を見透かしたよう笑った政宗に。



赤い舌を覗かせて、こちらを喰わんとする竜を見た。




そうして堕ちたこの身体、戻る事など、既に不可能。





























































【甘い日課】





「俺の方が好き」



きっかけはこの一言。



「絶対俺だ!」

「Ha!俺に決まってるだろ」

「違う!俺の方が絶対そうだ!」

「寝言は寝て言うもんだぜ?慶次」

「政宗こそ、寝ぼけてンじゃねーのかよ」

「俺は寝ぼけててもそうでなくても、好きだ」

「う…お、俺だっていつでもそうだからな!!」

「おっと、同じ事繰り返すのは面白くないぜ?」






「……もう、どっちでもいいですから、仕事をしなさい政宗様」






傍でコレを毎日聞かされる人の身にもなってほしいと溜め息混じりに思うのは、竜の右目だけではない。





































































【月が消える闇を】





その日は、月が出ていた。





「いいお月さんだねぇ」
「ああ、満月だな」

そう言って杯を傾け、2人で喉を潤したのはほんの一刻前。
今は2人で、しっとりと肌を湿らせる。

「風流なのも、束の間だったな…」

僅か乱れた呼吸を継いで、真上から見下ろしてくる政宗の頬へと慶次は手を伸ばす。
軽く唇を塞がれて、目を閉じ、再度開けば障子の隙間から見えたのは。



「……三日月……?」



先ほど見上げた月は確かに満月だったのに。

「政宗、月が」
「An…?」

ぺちぺち、と触れていた頬を叩き、政宗の顔を起こさせる。
中断された行為に顔を上げ、慶次に指差された障子の隙間を覗き見やればそこには確かに。

「…a crescent…」

乗りかかっていた身体から起き上がり、脱ぎ捨てた浴衣を羽織る。
慶次の手を引いて、身体を起こしてやり浴衣を掛け、二人で障子を開き見上げた月。
何時しか全てが、闇へと隠されていた。
小さな声で、慶次が呟く。




「闇が、政宗を食んだ」




「What?」
これは異なことを言う。
見上げる位置にある慶次の顔へと、問い掛けた。
「どういう意味だ」
慶次は相変わらず、蝕された月を見上げたまま。




「政宗は月だよ。初めて見たとき、そう思った。お日様みたいに眩しいわけじゃないけど、でも、明るい。だけど、どこか冷たい。それに…」


兜に、三日月。
自分の頭の上を指差し、漸く政宗を見遣る。
だから月、と目を細めながらそう告げる慶次に、政宗は頷いて自分も同じよう月を眺めた。
「I see…」
自分の右目に、触れてみる。
自分を月とするのなら、片側を覆う闇は、唐突に消え行ったまさに今の月と似通っている。
視線の先には、闇に消された月が、僅か漏らす光のみ。

もしや自分の目もいつか。

片目の闇など、もう当に慣れた筈のものなのに、何故かフルリと、身体が震えた。




「でも、政宗もお月さんも、大丈夫」




不意に、政宗の肩を慶次が軽く抱き寄せた。
我に返った政宗に、ほら、と声を掛け2人見上げた月は、ゆっくりと、ゆっくりと、満月へ返っていく。






「何かが闇を払って、月が、戻った。俺も同じ様に、政宗の闇を払ってやる。俺が闇になんてやらないよ、政宗の事」






眩しくなる月よりも殊更に眩しく笑った慶次の顔に思わず、政宗は小さく噴出した。
よく照れもせずにそんなことを言うものだと、心の中で1人呟く。
だけれど、その一言がやけに政宗の胸へと響いて、響いて。
慶次が払うのであれば、闇などなにを恐れる事があるだろう。
それが例え両目を無くしたとしても、慶次がいるのであれば、何も。



思わず背伸びして、口付けを一つ。



2人笑って、自然と身体を抱き合った。








月は何時しか満月となり、明るく闇夜を照らしていた。























































【君への愛が、滾々と】





手を伸ばせば触れられる。


抱き締めれば背へと手が回る。


名を呼べば振り返る。


返事がある。





恋人同士なら当たり前のこの行為、今までは怖くて出来なくて。
恋を語るのに、恋に臆病。
一歩押して、二歩自分で下がっての繰り返し。
でもだけど。
政宗に出会えて俺は、恋の暖かさをまた知る事が出来た。



「愛しい」という感情が、こんなにも己を満たすものだとは。



幾度も幾度も声をかけ、幾度も幾度も抱き締めて、抱き締められて。
自分を包むものに溶けてしまいそうになる。
暖かなものが奥から奥からあふれてくる。
それはもう、抑えきれずに。




「大好き、政宗」




言葉に出して、触れ合って、その容量を減らすけど、結局すぐにあふれ出る。
溢してしまうのが勿体無いから、全部、全部、伝えるよ。




ねえだから。






「全部、全部、受け止めて」






自分よりも狭いはずの広い胸の中で、呟いた。




































































【恋歌】





秋の夜長に耳を澄ませて。
縁側に座り、酒を片手に目を閉じれば、数々の虫。

静かに強く、恋を歌う。





「美声だねぇ、俺まで一緒に…」



「俺以外に堕ちるなんて、言わせねェぞ?」





後ろから抱き竦め、耳元で囁く低い声。
くすぐったいと笑う声まで庭に響く。

そんな恋人達の甘い声に、暫し途絶える、虫の恋歌。

シッと小さく後ろを制し、二人黙って期を待てば。
再び聴こえる、音色とともに。





リーン  リーン





「慶次」  「政宗」








リーン  リーン








『愛してる』










二人にとっては、永久の恋歌。