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【特別な日には】(8/3)
【通り雨】
【其方は終、此方は始】
【何事もないことの幸せ】
【三日月に恋う】
【特別な日には】
「政宗、はっぴいばぁすでえ!」
自室の襖を開いた瞬間。
一瞬何を言われたのか、不覚にも分からなかった。
呆然と立ち尽くしたまま瞬きを繰り返す俺に、座っていた慶次が立ち上がる。
「政宗ー、おーい、どーしたー?」
顔の前で揺れる手に、漸く我に返り。
一瞬と言うには長い瞬きをしながら手首を掴み動きを止めると、今度は慶次が瞬きをした。
「慶次、今のは…」
「あ、お祝いの言葉?なかなか上手かっただろ」
「発音はまだま…いやそうじゃなくて、なんで…」
「小十郎さんに聞いたんだ、政宗が生まれた日が今日だって」
沢山練習したんだと、満面の笑みを浮かべる顔が何とも可愛い。
が、そんな雑念はとりあえず置いておくこととして。
「Ahー…で、何であんな言葉知ってたんだ?」
「綱元さんに異国ではこう言うんだって、教えてもらった!」
成る程なと、一人納得する。
得意げに胸を張る慶次の手を離し、部屋の奥へ行こうとすると肩越しに見えたのは火を灯し円状に並べられた蝋燭。
そしてそれは、普通よりも数段に大きな大福に刺さっている。
これは、もしかして。
「Birthday cake…?」
「いえすっ!!」
握られた拳とその断言に、思わず、噴き出した。
下手をすれば仏壇に飾るようなそれ。
だが慶次にしてみればとっておきのbirthday cake。
試行錯誤したに違いない、皿の周りに蝋が数滴垂れている。
その様子が容易に想像できることが可笑しく、そして愛しく、腹を抱えて笑い、そのまま慶次の身体を抱き締めた。
あまりの笑いように訝しんでいるのは手に取るように分かるが、今はそんなことどうだっていい。
涙の滲む目を擦り、肩の上へと顎を乗せた。
「Cake…いるのは聞いたけど、作り方分からなかったのか」
「分かったって、あんなの作れない…だから代用してみたんだよ。大きな大福、特注だぞ?」
「じゃあ、慶次の誕生日には俺が作ってやるよ。Creamたっぷりのをな」
「政宗がー?出来んのかい?」
「Of course!当然だ」
他愛もない会話をしていると、慶次の気も治まってきたのか肩から力が抜けるのが分かる。
名残惜しいが身体を離し部屋の奥へ入り、蝋燭を吹き消して。
大福を頬張った後に重ねた唇は、いつもよりも甘く。
笑いあって重ねた身体は、いつもよりも熱かった。
しかしただ一つ、残る問題。
「…も、無理…政宗…」
「まだだ…ほら、口開けろよ…」
「無理だって…っ、大体…」
「ん…?」
「なんで政宗のばーすでーけーきを、俺にばっか食わせるんだよッ!!」
余りに大きかったそれは、二人で食べきることが出来ず。
結局小十郎や綱元、成実にも手伝わせた。
慶次に沢山食べさせたのは言わずもがな、無理矢理食わせたときの声がeroticだったから(有りがちだな)
勿論俺も、美味しく頂いたからいいだろう。
大福も、送り主も。
そして、茶を一気に飲み干す慶次の側に寄り、肩を抱く。
「慶次、もう一回…祝いの言葉が聞きてェ」
「今日だけなら何回でも」
「ん…」
そっと耳打ちするように聞こえたその言葉。
どこかくすぐったいけれど、何よりも嬉しい、present。
「はっぴーばーすでー、あんど、あいらぶゆー」
【通り雨】
夏は、急な雨が降ることが多い。
雲が大きくなったと思えば、すぐに鼻先へ水滴が落ちてくる。
城へと遊びに来た慶次も、帰ろうと門を出た途端に降り出した雨の所為で足止めを食らい結局政宗の部屋へと戻ってきた。
「あーあ、今日は良い娘が入るって聞いてたのに」
「何だ、遊廓にでも行くつもりだったのか?」
「酒、飲みにね。友達に頼まれたんだ、慣れてないから相手して気持ちを解してやってってさ」
あからさまに不貞腐れた様子で横になる慶次を見下ろし肘掛に凭れながら、政宗は煙管の灰を燻らせる。
畳の上に流れる髪を掌に梳くっては、落とす。
何時の間に遊女と友達になったのかなどと無粋な事を聞く気は、政宗には無い。
慶次のことだ、女から声を掛けられてフラリと店に入りそのまま、という具合であることは用意に推測がつく。
初めは一人だとしても今ではその店の女全員が、友達になっているのだろう。
「じゃあ、俺の相手でもするか?」
「今日は酒の相手しかしない」
「……OK」
「今の間はなんだろーな」
身体の向きを変え、慶次はくつりと咽を鳴らし政宗を見上げた。
胡坐を組んでいる脚が目の前にあることに気付く、邪魔な羽飾りは取って横へと放り投げておいた。
「政宗、ちょっと貸して」
「An?」
政宗の膝の上へと、慶次は頭を乗せた。
そのまま、仰向けになり見上げる先にある顔は驚きに瞬きを繰り返して。
寝心地の良い場所を探し頭を動かして、唸りを一つ。
「んー…男はやっぱり硬い」
「贅沢言うな」
ペチリと乾いた音を立てて慶次の額を叩く。
「痛い」と膨れる慶次の顔へ口付けを落とす。
暫しの穏やかな時間が、笑い声と共に二人の間を流れる。
急な雨も悪くないなと、慶次は目を細めた。
障子の外の雨の音は、相変らず続いていた。
【其方は終、此方は始】
それは何てことはない会話の真っ最中。
慶次の顔が、急に近くなった。
ちゅっ。
短い音がして、唇が触れた。
思わず、意図せずして、呆ける。
「ごちそーさま」
食後の挨拶よろしく、爽やかに告げられる。
にこりと笑みを浮かべ、何事もなかったかのように茶を啜る様子を眺めた。
なんとも、憤懣やるかたない。
このままでなるものか。
「あ、え?」
「いただきます」
「嘘!」
わざと、異国語ではない食前の挨拶で押し倒す。
アレ位で満足するわけがないことくらい、分かってるだろうに。
終わらせてなんか、やらない。
さてとりあえず。
暴れる身体は、首筋へのkissで黙らせるとしよう。
【何事もないことの幸せ】
部屋の中は、とても静か。
慶次が、政宗の背中から顔を乗り出す。
ぴたりと、身体が密着する。
特に気にする風もなく、政宗が、書物の頁を捲る。
「…まだ読んでない…」
「後で話してやる」
「今読んでないと、次のがわかんないじゃん」
「そりゃ残念だな」
「なんだそれ…」
他愛もない話をする、
部屋の中に戻った音。
空気が、ふ、と緩む。
その後は、また無音になるけれど。
穏やかな表情を浮かべて慶次は、そのまま目を閉じた。
政宗が、慶次の髪へと頭を軽く寄せて。
その後に響くのは、頁を捲る紙の擦れる音と、微かな寝息の音二つのみ。
【三日月に恋う】
真夜中の京の都。
一本の木の下で、酒が並々と注がれた杯を傾ける。
夢吉が、肩を走った。
「お前も、味見かい?」
手元まで降りてきて、酒にちょんと指を付ける。
揺れた酒の面に、黄色の光が映っていた。
ゆらゆらと揺れるそれが、気になって。
それが、静かになるまでじっと待っていると、そこには。
「三日月」
見上げた空には、くっきりと、それは綺麗な。
「…あ−あ…」
思い出すのは、アンタの兜と、刀を構えた清廉な姿。
そして。
声を聞くわけじゃないのに、姿を見たわけでもないのに。
たったそれだけで、胸が、きゅうと、締め付けられた。
ああなんだか妙に、逢いたくなっちまったよ。
「政宗」
そこに現れるわけではないと、分かってはいたんだけれど。
思わず名を、呟いてしまう程。
「どれだけ、惚れちまってるのかね」